品質不正防止に関わる人的情報は見える化を |
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1 直近の品質不正事案 1 直近の品質不正事案国土交通省から、日野自動車に対して型式指定に係る違反の是正命令が出されました。概要はこちら同社からは、「特別調査委員会による調査報告書」も公表されています。 型式指定申請に必要なエンジンの排出ガス性能や燃費性能の試験において、約20 年に渡り、かつ、広範に渡るエンジンについて、試験結果の改ざんや捏造等の不正行為を行っていたとあります。さらに2016年 4 月に発覚した他社の燃費不正問題を受けて行われた報告徴収に対し、不正行為は無いとの虚偽報告を行い、そのまま放置し続けた問題も指摘されています。 商用車メーカーとしての長年に渡るリーデイングカンパニーである同社の不正は、単に下請け企業や、出荷停止やリコールのあおりを受けたユーザー企業への影響にとどまらず、日本のものづくりに対する信用力まで問われ、そのインパクトは計り知れないものがあります。 2 国土交通省が示した再発防止策国土交通省は再発防止策として次の3点を挙げています。(概要より)① 不正行為を起こし得ない型式指定申請体制の構築 ~社内チェック体制の強化~ ② 開発部門の業務実施体制の改善 ~コンプライアンス強化・開発体制の見直し~ ③ 社内の技術管理体制の再構築 ~組織風土の抜本的改革・ガバナンス強化~ このうち③の組織の抜本的な改革・ガバナンスの強化の具体的な対策としては、
3 改善策は実効性を伴ってこそ是正命令を受けて、同社は「二度と不正を起こさない企業風土ならびにガバナンスの確立に覚悟を持って取り組んでまいります」とのコメントを発表しています。真摯に取り組むことは最低限必要なことですが、それだけでは不十分なようにも思います。「不正は必ず発覚する。発覚した時は調査が行われ当時の管理職の不作為が問われる」との認識が経営者に欠けていれば、見たくないものは見ないようにするというのは人としての当然の心理です。社員に「不正を隠蔽し、先延ばしすればするほどペナルティが重くなる。」という認識がなければ、たとえ通報制度があっても自分の首を絞めるようなことを率先してやる倫理観が高く胆力のある人は稀だと考えるべきです。 各部門における検査機能、独立した内部監査等のチェック機能、監視機能としての取締役や監査役又は監査委員会、経営者、投資家、政策立案者として又監督者としての行政のそれぞれがそれぞれの役割をしっかりと果たすことが大事です。これら関係者すべてのピースにひとつでも不備があると、また同様のことが起こります。 4 コストセンターと捉えることの違和感日野自動車の調査報告書には「品質保証部門及び品質管理部門に所属する従業員の資質に問題があるということを意味するものではない。日野においてはこれらの部門がクルマづくりに欠かせない機能であるとの理解が十分ではなかったため、これらの部門に適切な権限とリソースを与えるとともにその重要性について全社的に意識喚起を行ってこなかったことが問題である」という記述があります。同じ自動車メーカーのスズキが2019年に公開した完成検査における不適切な取扱いに関する調査報告書には、「数字を生まずコストセンターである間接部門(検査部門は生産部門内にありながら間接部門であるとされていた)は無駄であると評されていた」の記述が見られます。 日野自動車もスズキ同じように、品質保証部門及び品質管理部門はコストセンターとの認識がなされていたのではないでしょうか。そもそも検査部門や品質管理部門等これらの部門(以下、監査部門等を含め「検査部門等」)をコストセンターと捉えることに違和感があります。国際統合報告評議会の名誉会?であるマーヴィン・キング氏は、同じ間接部門であるCFO(最高財務責任者)について、「CVO(最高価値責任者)として認知されるべきである」と述べています。検査部門等も、しっかりとした検査・点検を行うことでブランドの維持・向上が図られることを考えると、価値責任者として位置づけられるのが妥当ではないかと思います。 検査部門等の独立性強化と適切な権限及びリソースを与えることができるかがガバナンス確立の成否を握っていると言っても過言ではありません。 5 人的資本見える化の動きを検査部門等の権限強化の追い風としたい2021年6月18日に政府から「成長戦略フォローアップ」が公表され、人的資本情報の「見える化」の推進が謳われています(39ページ)。2021 年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードには、人的資本に関する記載が盛り込まれています。このように非財務情報の中核に位置する「人的資本」が、実際の経営でも課題としての重みを増してきています。非財務情報は来年度から、これまでの任意開示から有価証券報告書への記載が義務化されます。人的資本もその対象となっています。 国際的な動きとしては、ISSBが非財務情報の開示基準の作成に着手しています。プロトタイプは2021年11月にIFRS財団から公表済みで、全般的要求事項では「投資家にとって重要な全てのサステナビリティ情報を開示するための全般的な要件を設定する」となっています。各サステナビリティ項目は、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4つの側面から開示を要求するとされています。 連動して国内でもサステナビリティ情報の開示基準が金融庁で検討されています。また内閣官房においても非財務情報可視化研究会において、人的資本可視化指針が検討されています。 こうした人的資本の見える化の内外の動きは、検査部門等の権限強化の追い風になると考えますが如何でしょうか。 6 さいごに冒頭に取り上げた日野自動車の型式認定に係る不正は、日野自動車が抜本的な改革を行ってまっとうな会社に生まれ変わればそれでよいという問題ではないように思います。むしろどんな会社でも起こりうる問題と捉えて対策を考えるべきではないでしょうか。人的資本の開示基準が、今後どのような着地を見せるか定かではありませんが、今は男女別賃金、女性管理職比率などの多様性に光が当たっているように感じます。 関連する種々の報告書は、どれを見てもガバナンスやリスクといったキーワードが並びます。企業の持続可能性という観点からも、検査部門等の人的資本の見える化の開示は収まりどころがあると思います。 理想とする人的資本の見える化は、毅然と対応できる態勢になっていると投資家も判断できるストーリーが経営者の目線で語られていることです。スキルマトリックスに丸印がついているとか、どんな資格を保有しているかチェックがついているというだけでは不十分です。能力や実績のある人員をどのように確保し、また育成し態勢を構築していくのかが重要です。態勢が不十分と評価されれば投資の対象から外す、あるいは対話を通じて改善を求めていくというのが、「3 改善策は実効性を伴ってこそ」で書いた投資家の果たす役割です。 最近の品質不正によって生じる被害は海外にも及び損失想定額は100億円を超えることも珍しくありません。日本はモノづくりの品質の高さで信頼を得てきましたが、今それが崩れようとしていると感じます。本レポートが何がしかの考えるきっかけになれば幸いです。 2022-09-12 |